しかし、日本の蒸し暑さが嘘のような、さわやかなベイエリアの気候です。昔、うちの夫が日本に住んでいた時に、よく、「自分はなんだかカエルのような気が する」という言葉をつぶやいていましたが、まさに、あの湿度は、「水の中でもがくカエル」のような気分にさせられます。確かに、私は「2週間、日本でカエ ル状態」だったと、今実感しています。
そんなカエル状態から脱した私にとって、嬉しいEmailが届きました。私の大学時代の恩師故川上宏先生のゼミナールの卒業生からのメールです。彼女は、 1994年卒で、私よりも15年も年下のようですが、私のサイトを以前から注目していて、私がブログで先生のことを書いたのがきっかけで、私たちが川上先 生との縁で結ばれていることを知って、それを知らせたくてMailを書く気になったということでした。彼女も米国在住で、アメリカで独立してがんばって仕 事をされているようで、ブログによってつながった、この「成城大学文芸学部マスコミュニケーション学科の故川上宏教授のゼミナールの絆」を、私は大切にしたいと思います。
川上先生は、若い頃、産経新聞の記者をされており、その後イリノイ大学でマスコミュニケーションやマーケティングを学ばれ、70年代の日本に最新の米国流 のコミュニケーション理論を紹介された方です。私は1979年卒ですので、先生の若くてバリバリの頃に、教えを受けました。今でも先生の新進気鋭の助教授 時代の「歯に衣を着せない」鋭い言葉を、心地よく思い出します。「電通学生広告論文」 の審査員や広告・マーケティング関連企業のアドバイザーも多くされていて、他のアカデミックな教授たちとは異なり、実社会と密接につながった授業内容を重 視されていました(ちなみに、私のゼミナールは先生の励ましで電通学生広告論文のグループ部門で入賞しました)。常に学生たちと一緒になって考えるという 姿勢で、ジャーナリストとしての視点を持った素晴らしい大学教授でした。
1979年の私の卒業時は、4年生卒の女性にはほとんど就職先がない時代(短大卒の女性を多くとる時代)で、先生のご紹介を得て、電通ヤングアンドルビカム(当時のJIMA電通)の面接を受けるチャンスをつかみました。初めて得意先のコネなしの女性として面接を受け、4年生卒ではありましたが、短大卒という扱いならば、入社OKということで、異例なカタチで入社したのを、昨日のように思い出します。
当時の役員に入社決定後、「大柴さん、学校のお勉強と実社会は違います。それを十分理解して、働いてください」と言われて、社内で私がマスコミュニケー ションとマーケティング専攻だったことが、採用の際に問題だったとあとで、知らされました(当時、女性は20歳で入社して、24歳ぐらいで結婚退社するの が通例で、そういう会社に、マスコミ専攻の頭でっかちの女性を採用することに、社内で反対があったそうです)。
その後は、「男性の3倍働いて女性でも仕事ができることを証明する」、という意気込みで、16年間、1995年まで、電通ヤングアンドルビカムで営業として、働き続けました。
今から思うと隔世の感のある時代でした。
そんな時代も経験して、米国移住、JaMの起業など、様々な経験を経て、今、ここでブログを書いている、本当に人生は面白いと実感します。今、もし、先生にお会いする機会があったら、まっさきに出てくる言葉は、「先生、Life is Beautifulですね」、そんな言葉を思わず、言いたくなる、それが川上先生という方です。
川上宏先生の著書:
川上宏『広告とマーケティング』東京大学出版会
南博監修・川上宏編『大衆文化としてのテレビ ――軌跡と展望』,ダイヤモンド社
成城大学川上宏奨学金*(こんな先生のお名前のある奨学金も今日見つけました!)
【給付額】 年額15万円
【給付期間】 1か年
【採用人員】 1名
【対象学年の制限】 なし
【申込時期および方法】 6月にマスコミュニケーション学科研究室へ所定の申請書および成績証明書を提出
【応募条件】 文芸学部マスコミュニケーション学科に所属する者
【他制度併用の可・不可】 可