このレターを読んで、どうやらアップルはパブリックに関するコミュニケーション戦略をシフトし始めている、そんな印象を受けました。、言うまでもなく、アップルの情報発信は非常にタイトで、製品や戦略に関する情報が事前に漏れることを嫌います。他の企業がもしアップルのように情報の秘密主義をとると、パブリックに対して「情報の透明性」が薄いとして、中々メディアカバレッジやWOM(Word of Mouth:クチコミ)といったパブリシティを得ることが難しくなります。アップルの場合は特殊で、カルト的なアップルコミュニティのエバンジェリストが中心に、情報を制限されることによって、逆にユーザやファンは想像力や好奇心を刺激されて、さまざまな予想や話題をコミュニティで創出して、どんどんバズが広がっていくという結果を生んでいます。
ただし、ことジョブズの健康問題に関しては、別です。アップルの大きなジレンマは、「ジョブズ=アップル」というブランドであることに起因します。共同創設者のジョブズは、1997年アップル復帰以降、アップルのブランドとしての成功をすべて導いてきたCEOですが、最も重要なことは、「ジョブズ自身がブランドになってしまった」点です。これは、他のカリスマCEOや創設者たちに見られない現象です。サンフランシスコ・シリコンバレーでは、ジョブズと似た例として、Oracle(オラクル)の創設者&CEOのLarry Ellison(ラリー・エリソン)やCharles Schwabの創設者&会長のCharles Schwab(チャールズ・シュワブ:引退して後また復帰)、また消費者ブランドではNike(ナイキ)の創設者で会長のPhilip Knight(フィリップ・ナイト:何人ものCEOを雇用)などがあげられます。ただし、彼らはおのおのの会社で、最も優秀な経営者として評価されているのであって、ブランドとしてその企業を代表しているわけではありません。言い換えれば、交代が可能だということです。
私が直感的に唯一アップルとジョブズの関係に近いと感じるのは、「Oracle of Omaha(オマハの預言者)」と呼ばれる投資会社Berkshire HathawayのCEOで、世界一の金持ちでもある Warren Buffett(ウォーレン・バフェット)です。彼の場合は、ジョブズ同様に「バフェット=バークシャー・ハサウエイ」ですので、仮に彼が亡くなってしまった場合、他の人がバークシャー・ハサウエイを背負うということは、非常に想像しにくいものといえます。この非常に特殊な2人を除くと、多くの企業はCEOの交代自体が、「ブランド」としての企業を傷つける可能性は極めて低いと思います。
アップルには、後継者として名前が取りざされる優秀なエクゼクティブは多くいます。その中でも、Forbesの11/10の記事で「The genus behind Steve(スティーブの後ろに控えている天才)」というタイトルで、フィーチャーされたCOOのTim Cookは、2004年のジョブスのすい臓がん摘出手術の時に代行を努めて、そのオペレーション能力は高く評価されています。アップルは現在負債ゼロで245億ドル(2兆4500億円)のキャッシュが手元にあるということですが、この健全な財務結果も彼の手腕によるところが大きいようです。
スティーブ・ジョブズがステップダウンする時は、どちらにしてもいずれは来ます。その時期を見越して、アップルは当然その「ブランド力」を査定しなおして、新たにどのような方向でそれを確立していくのか、適切に判断していかなければなりません。アップルは、現在巨大なブランドアセット(資産)を所有しています。これを活用しながら、After Jobs(ジョブスの後)の近未来に、どのような「ブランドとして進化していく」のか、かなり気になるところです。
2007年5月、20年ぶりに、F2F (Face to Face)で、「D: All Things Digital conference」 のステージに立ったジョブズとゲイツの2人のヴィデオを見ながら、時代が変わっていくのを感じました。