
"1,253 backers pledged $136,450 to help bring this project to life."
シリコンバレーでは数少ない日本人の起業家の1人である彼がC.24を作るという話を耳にして、私はすぐにbackerとなって応援した。全く楽器演奏の素人である私は、以前から自分の楽しみのために楽器演奏を手軽にしてみたいと思っていたので、届いたC.24のアプリをダウンロードして、まずはJoyTunesのPiano Maestroからスタートした。当初製品への理解不足のため、ちょっと悩んでいたが、結果Messengerを経由して、CEOの吉川さんがカスタマーサービスとなって指導してくれたので、無事に使えるようになった。鍵盤の音のみで何か弾いてみたいと思っていて、指を動かしていたら、突然小学校で習った「ドレミの歌」の音符(ドミミミ、ミソソ、レファファ、ラシシ~)が記憶に蘇り、歌を歌いながら弾き始めると、ちゃんと曲ぽくなったのには驚いた。このC.24の詳細はここにあるので、チェックしてほしい。吉川さんは、この製品を軸に新たな音楽のコミュニティが構築できていくと面白いと言っており、何だかちょっとワクワクしてきた。
彼と久しぶりに話をして、1999年彼がまだ日本のデジタルラボ(DML)の社長(彼が最初に設立した会社)であった頃、「ひさみさん、今すぐシリコンバレーで起業したいし、生活もしたい」と相談されたのを思い出した。彼はすでにシリコンバレーで起業する準備は出来ていたが、ビザの発行にまだ時間がかっており、居住者として、すぐに入りたいがそれが出来ないという状況だった。私は東京から夫に電話して、すぐにうちのアパートメントの空き具合を調べて、Co-founderの石黒邦宏さんの分も含めて2部屋分を私たちの名前で借りてほしいと頼んだ。うまい具合に空きがあり、吉川さんと石黒さんは、3ヶ月間しか滞在できない旅行者ビザのまま、すぐにうちのアパートメントに引っ越してきた。居住者でない彼らのために、当初、3世帯分の部屋代、電気水道代の立替、毛布やら食器やら日常すぐに必要なものは全部我が家のものを提供して、若き起業家たちの生活の面倒を見始めた。彼らは1999年9月にIP Infusion Inc. (次世代ネットワークソフトウエア開発)を設立、その後吉川さんは2005年に同社をAccessに売却し、2008年4月にMiselu Inc.を起業している。
彼の発言で印象的だったのは「シリコンバレーは、ワールドクラスのアスリートが集まるメジャーリーグのようなところ。ここに来た以上、評論家や解説者のようにゲームを見て発言しているだけではだめだ。実際に世界の強豪に伍してプレイしない限り、その意味はわからない。僕はここに来た以上メジャーリーガーになる」という発言だった。多分、彼もそうだと思うけど、1995年に野茂がメジャーデビューしたことの影響は非常に大きいと思う。野茂の活躍を実際に目することがなかったならば、今の日本人選手のメジャーでの活躍はなかったと思う。1995年にシリコンバレーに移住した私は、ともすれば挫けるような毎日の暮らしの中で、どれだけ野茂の活躍に勇気付けられたかと思うと(ファンレターも出した)、今でも涙が出てくる。吉川さんの起業家魂と、野茂のプロフェッショナリズムは重なることが多い。
何年かぶりに話したけれども、吉川さんの気負いのない「柔らかく、軽い話し声」を聞いて、なぜか安心した。シリコンバレーでテクノロジー関連で起業家として成功している日本人は非常に少ない。20年間ここに住んでいるが、吉川さんや石黒さんのようなケースはほとんど見たことがない。ここで起業するには、とんでもないエネルギーと才能と努力が必要であるし、それを持ったとしても、必ずしもメジャーで活躍できる可能性は少なく、Triple Aあたりで終わることも多々ある。それでも、やりたいと思う「情熱が起業のガソリン」となる。
そんなこんなで、週末はC.24を弾きながら、久しぶりに起業家のことを考えている。何だか楽しくて、可笑しい!!