災害事に流言飛語が飛び回るのは世の常ですが、それにジャーナリストと称する人が加担するような動きをするのは納得がいきません。自身の職業を「なんとかスト」と言う以上、マスメディアやブログ、ソーシャルメディアのコンテンツのコピペだけでなく、一般の人たちの地に足のついた意見や情報をきちんと把握した上で、記事を書いて欲しいし、必ずしもNYTやWSJの情報や記事がいつも正しいとは限りません。常に「Breaking news」と叫んでいるCNNはすでにサーカスみたいな感じで、見識ある人は彼らの情報をあまり信頼していませんし、CNNの現地レポートは人的リソースや資金不足で、英語のしゃべれる人しか取材できないので、情報の質はあまり高くありません。
また、私の周囲のごく普通の人たちは、多少の差はあるにしても、当然のようにマスメディアだけに頼らず、ソーシャルメディアを使って、より日本を知っている人や住んでいる人たちから情報をとっており、私も知らないような被災地の人たちの様々なストーリーを知っていました。また、みんな口を揃えて「日本の素晴らしさ」を語っています。日本人ほど、「我慢強く、お互いを助け合い、精神的に強い」国民は他にいない。日本だからこそ、この近年の歴史上最悪とも言うべき大災害で、大混乱もなく、整然と事態の復興にフォーカスできる、これが米国で起こったらとんでもないことになっていたとアタマを抱えています。
そんな中でみんなが口にするは、どの国も政府の官僚主義が事態を悪化させるのは常だが、日本は国民1人1人の人間としての質の高さに反比例して、政府の対応の遅さ、情報の開示の悪さ、さらに諸外国の援助や助言にすぐに耳を貸さない閉鎖性などの問題点を指摘しています。非常時に最も要求されるのは言うまでもなく「リーダーシップ」です。それは通常「目標設定」をした後に、それを達成するために刻々変化する状況の中で、逐次判断をしていかなければならないことで、当然のようにリスクをとりながら実行されます。米国で「リスクをとらないことが最もリスキー」ということがよく言われます。この「リスク管理」の重要性をみんな肌で感じているので、常に最悪を想定してマニュアル作りをします。日本では今でも「言霊信仰」が意識下にあるためなのか、この最悪のことを想定することをみんなが嫌がります。この想定の甘さのツケは危機に陥ると常に露呈されますが、今回もそれを実感します。
世界中の人たちは、真剣に日本のことを憂慮していますし、なんとか力になりたいと真剣に思っています。今朝、Gizmodoが「Why We Love Japan」という非常に彼らしい理由で日本の面白さ、愛すべき部分を記事で紹介しています。私は大きな声で、みんなが「We Love you」と叫んでいることを、日本の人に伝えたいです。しこれは震災がもたらしら「新たな日本の発見」で、あえて言うならば「Japan Renaissnace」ともいうべき、新たな時期を日本は迎えたと思います。日本は過去10年間 「顔が見えない」とか「Japan passing」とか言われて、随分無視されましたが、この震災時の国民1人1人のattitudeで、いきなりHuman Beingとして可視化されています。私は、この辺をこれからもっと話していきたいと思います。